2012.11.22(木)

秩父良いとこ一度はおいで 冬の朝

 
本格的な冬がやってきた感じですね。
皆様の住んでいる場所は寒いですか?
 
秩父も本格的に寒くなってきました。
それでも、日によってまだまだ温度計の数値は違います。
昨日(21日)、今日(22日)もかなり寒いと思っていますが、実は温度計の数字では
20日が最も寒かったのです。
 
毎朝通勤に使っている自動車の温度計をみていますが、昨日は6℃、今日は4℃でした。
しかし、20日は「0℃」だったのです。証拠の写真です。
cold morning 1.jpg
 
11月20日の
朝8時の温度です
 
 
 
 
人間の感覚ではそんなに極端に寒かったとは思わなかったのですが、数値ではっきりと
分かります。もう氷点下目前ですね。(だって氷点だもの)
温度計に加えて会社の駐車場(屋根なし)に停めている自動車でも分かりました。
cold morning 2.jpg
 
窓が完全に凍って
います
最低気温はかなり
低かったのでしょうね
 
 
寒い冬が来ました。皆様、風邪をひかないように気をつけてください。
 
 
 

2012.11.21(水)

秩父良いとこ一度はおいで 中蒔田の自然 野鳥 ハクセキレイ

 
今回は中蒔田にいる野鳥として「ハクセキレイ」をご紹介します。
下記のサイトの説明では「東日本」に広く分布(ロシアなど大陸にも)する野鳥のようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%82%AD%E3%83%AC%E3%82%A4
 
かつては日本では北海道や東北にいたようですが、最近は東日本全体に分布するということなので
繁殖力の強い野鳥なのかもしれません。
hakusekirei.jpg
 
中蒔田の地元の
人が撮った写真
です
きれいな鳥ですね
 
 
 
渡り鳥ではないとのことなので、中蒔田(秩父市)の住人(いえ住鳥)なのですね。
筆者と「隣組」かな?
 
 

2012.11.19(月)

未来の野菜を作る 無農薬野菜 AAAレタス 福井南越前工場 稼働

 
福井県に新しく作った「植物工場」の様子をご紹介します。
まだまだ、稼働したばかりなので栽培棚に「青々と育つレタス」の写真はご紹介できません。
福井で新しく導入した「育苗棚」と「定植作業」の風景をご紹介します。
 
まずは「育苗」専用の機器の写真をご紹介します。
播種してから定植までの時間をこの機器のなかで苗が育成されます。
fukui ikubyouki.jpg  
 
ちょっと変わった様子
でしょう
 
 
  
育苗棚で成長した「苗」をパネルに植え替える作業(定植)を行います。
fukui teishokusagyo.jpg  
この部分は手作業ですね
 
 
 
 
 
 
 
 
 
まだ、稼働し始めたばかりなので作業自体はそんなに大がかりではありません。
これからどんどん作業が増えていきます。
 
 
 

2012.11.17(土)

未来の野菜を作る 無農薬野菜 北陸での営業活動開始 FIT商談会

 
久々の更新で申し訳ありません。筆者としては反省しきりです。
 
既に皆様には報告していますが、私たちの「福井南越前工場」は播種を始めました。
実際の出荷は12月に入ってからになりますが、生産品(レタスなど)の販売活動は始まって
います。関西地区のスーパーマーケットでは具体的に検討してくれているところがあります。
 
一方で、北陸地方の顧客開拓のために「展示商談会」に出席しました。
商談会の名前は「FIT商談会」と言います。
福井県、石川県、富山県の銀行が共同で開催している商談会です。
F (福井)、I (石川)、T (富山)を合わせてFIT(フィット)という名称にしたようです。
 
FITshoudankai.jpg  
野菜工房のブース
です
パネルが一枚で
寂しいですが
DVDの説明もあります
 
 
 
 
 
 
FITshoudankai DVD.jpg
これがいつもの
DVDです
一日中「説明」して
くれる「働き者」です
 
 
 
商談会は一日だけなのですが、筆者は「風邪」を引いていたために、非常に大変でした。
でも、そんなことは言ってられません。
新しい工場で生産される野菜をどんどん売らなければいけません。
 
一日が終わって帰る際に「福井駅」前に来たら、こんなライトがありました。
クリスマスライトでしょうか?
fukuieki light.jpg
 
手前の方の路上に
絵が描いてあるの
分かりますか?
 
 
 
福井県もまだ雪は降っていないのですが、これで雪が降り始めるとクリスマスの気分ですね。
 
 
 

2012.10.25(木)

秩父良いとこ一度はおいで 中蒔田 ジオパーク勉強会 その2

 
ジオパーク勉強会の第二弾です。
 
昨日の説明は初めての人のは分かり難いのではないかとのご指摘を受けました。
書いている本人(筆者)が良く理解しているわけではないので「分かり難い」というご指摘は
「その通り」と開き直るしかないというのが実態です。
 
この勉強会で講師の方が説明される「根底」に流れているのは「古代からの自然の変化が
それぞれの地域で後に住み始めた人間の生活に大きく影響している」ということだと思います。
例えば、「荒川」が流れを変え、土地を削ってだんだんと流れが低いところになり、「台地」を
作り、その台地でも「水をどれだけ確保」し易いかによって「農業の形態」が変わったという
いうことだ思います。
 
農業の形態では大きく分けて「稲作」と「畑作」あり、秩父の「畑作」は「桑畑」が中心でした。
「稲作」で作られる「米」は江戸時代から経済の中心で、明治以降も政府による保護も厚かった
ものです。
一方の「桑畑」は養蚕業のベースで、蚕(かいこ)を飼い、絹を作るという「現金」を生む産業
です。秩父地域はこの「養蚕(ようさん)」「絹生産」「織物」で栄えた地域です。
 
筆者は単純に「秩父は養蚕で栄えた」という理解していたのですが、「絹」は「相場もの」だった
のです。相場が高い時には「大儲け」をするが、相場が下がるとコストも出ないという産業です。
 
この「桑畑」「養蚕」に頼っていた地域は相場によって困窮することがあったのです。
この困窮が「秩父困民党」になり「秩父事件」になっていったのです。
 
秩父事件のことについては次のサイトを見てください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%A9%E7%88%B6%E4%BA%8B%E4%BB%B6
 
このサイトにも「生糸」の相場が大暴落して、農家の生活が厳しくなったと書いてあります。
秩父地域は「養蚕」へのウエイトが高かったと書いてありますね。
 
ジオパークの勉強会では「秩父地域は養蚕の比率が高かった」という一般論とは別に、
「川の位置があまり深くなく、農業用水を取り入れ易かった」地域では「稲作」と「養蚕」が
両立していたという説明がありました。
この地域が「大田地域」と「蒔田地域」だったのです。
 
秩父事件が起きた「明治17年」に大田地域から「医者」になって、自費でドイツに留学した
人もいたというほど「裕福」だったそうです。
これらの地域は「稲作」と「養蚕」がバランスよく行われていたということです。
「嫁に行くなら、大田か蒔田」という言葉もあったということです。面白い話です。
 
自然環境の違いは、秩父では「荒川」の流れにより決まり、農業の種類に影響したのです。
その後、「平らで広い」畑の地域は「秩父セメント」「キャノン電子」などの工業用地になり
「稲作」地域は圃場整備は行われましたが、引き続き稲作をしています。
現在の農業地域と工業地域の違いにもつながってくるのです。