2020.09.17(木)
秩父市でも田んぼのある地区である「蒔田地区」の稲がこんな状況になっています。もうそろそろ稲刈り(収穫)に入りそうですね。
実るほど頭を下げる稲穂かな
遠景はこんな感じです
ちなみに米を作っていない田んぼでは大豆を作ってます
もうすぐ、実りの秋です。
2020.09.10(木)
秩父地方はかつて「養蚕業」が盛んでした。
養蚕業とは「蚕」を飼って絹を取る産業ですが、蚕の餌のために桑の葉が必要となります。そのために、畑には桑の木が植えられていました。
筆者が高校生の頃にはまだ桑畑がたくさんあったので、葉っぱが茂ってくると自転車で脇道から大きな道路に出ようとする際に車が来るのが見えなくなって危ない思いを何度もしました。
高度成長期を経て、主に中国から安い絹が入って来たころから、日本の養蚕業は廃れていきました。そして桑畑もどんどん減ってしまいました。
ところが、最近また少しづつですが桑畑(多分養蚕も)が増えて来ています。
桑の木 そんなに茂っていません
これはかなり茂っている状態です
なぜ、最近になって桑畑が増えてきたかというと「絹」が服だけでなく「化粧品」や「医薬品」の原料として使われるようになったとのことです。高い商品なので品質が良ければ多少価格が高くても使えるということで「国産品」が増えているとのことです。非常に興味深い変化です。
2020.08.20(木)
秩父の農村風景をご紹介します。
実は秩父地方はあまり大きな稲作はありません。
地域が限られます。河岸段丘で荒川が下の方にあるために田んぼに水を引くのが大変だったのです。そのため「畑作」が中心です。
限られた地域というのが、秩父市では「大田地区」と「蒔田地区」です。米を作ると金銭的には豊かになったようです。昔(多分明治時代)は「嫁に行くなら大田か蒔田」と言われていました。生活に困らないということでしょう。
かなり大きな田んぼです
近くで見ると穂も出てきました
上の写真は蒔田の田園風景です。
前にも言いましたが筆者は埼玉県でも栗橋町で育ったのでこのような田園風景は筆者個人としては「原風景」です。和みます。ここだけ見ると山も遠いでしょ。
田んぼの無い地域(大田、蒔田以外)では畑作ですが、筆者が高校生の頃は「桑畑」が多くありました。
かなり茂ってます
一時期はほとんど見なくなった桑畑が最近は少しづつ整備されてきています。昔は蚕を飼って、桑の葉を餌として与え、絹を取り、繊維にするために桑畑を維持していましたが、最近は「化粧品」「医薬品」などに使われるということで復活しているようです。時代が変わって目的も変わりましたが「桑の復活」です。
2020.08.18(火)
昨日、秩父地方はかなり激しい雷雨がありました。ブログでもそのために事務所を出ようとした筆者は足止めをくらったと報告しました。
帰りに見た景色
きれいな虹が見えました。豊かな自然でしょ。
手前が刈り取った後です